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最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)145号 判決 1981年10月13日

上告人

マック産業株式会社

右代表者代表取締役

谷洋

上告人

株式会社マルシンフーズ

右代表者代表取締役

新川有一

右両名訴訟代理人

横山寛

外八名

同輔佐人弁理士

中村政美

被上告人

日本マクドナルド株式会社

右代表者代表取締役

藤田田

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人横山寛の上告理由第一点一について

原判決において当事者間に争いがないものと判示された所論指摘の部分が原判決の引用する第一審判決の事実摘示において当事者間に争いがないものとされた部分であることは、第一審判決及び原判決の判文に照らして明白であり、記録によれば所論指摘の上告人らの第三回準備書面は原審口頭弁論期日において陳述されていないことが明らかであるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第一点三について

原審認定にかかる、被上告人使用の本件標章がわが国において広く認識され、顕著な識別力を有する周知の標章と認められるにいたつた経緯、上告人ら使用の本件標章が使用されるにいたつた経過及び右両者の時間的先後関係等の事実並びにこれに基づく原判決の説示に照らすと、原審は所論上告人らの主張を排斥しているものと見ることができるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

上告代理人横山寛の上告理由第二点一、同増田彦一、同石井正春、同脇田輝次の上告理由第五点及び同三野研太郎、同木村和夫、同山内道生、同岡田尚、同星山輝男の上告理由四について

判旨不正競争防止法一条一項一号にいう商品の混同の事実が認められる場合には特段の事情がない限り営業上の利益を害されるおそれがあるものというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、また、本件において右の特段の事情は認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

上告代理人増田彦一、同石井正春、同脇田輝次の上告理由第六点について

判旨商標権は、指定商品について当該登録商標を独占的に使用することができることをその内容とするものであり、指定商品について当該登録商標に類似する標章を排他的に使用する権能までを含むものではなく、ただ、商標権者には右のような類似する標章を使用する者に対し商標権を侵害するものとしてその使用の禁止を求めること等が認められるにすぎないから(商標法二五条、三六条、三七条参照)、本件登録商標と類似する本件標章を上告人らが使用することは不正競争防止法六条にいう「商標法ニ依リ権利ノ行使ト認メラルル行為」には該当しないものと解すべきであつて、これと同旨の原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

上告代理人横山寛のその余の上告理由、同増田彦一、同石井正春、同脇田輝次のその余の上告理由及び同三野研太郎、同木村和夫、同山内道生、同岡田尚、同星山輝男のその余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないで原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(環昌一 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

《参考・原判決添付目録》

上告代理人横山寛の上告理由

第一点 原判決には次の如き理由不備ないし理由齟齬の違法があり、ひいて、審理不尽の違法があるので民事訴訟法第三九五条第一項第六号により破棄さるべきである。

一、(争いある事実を争いなきものと判断した違法)

原判決はその事実摘示中において、特定の事実を当事者間に争いあるものと摘示しておきながら、その理由の個所では一転してこれを争いなきものと判断している。

これを詳述すれば、原判決七枚目表四行目には、控訴人の主張として「3……(中略)……すなわち被控訴人マルシンフーズは、第二目録の各登録商標につき当初から権利を有していたものではなく……(中略)……被控訴人らが第一目録(2)(3)の各標章を使用して自動販売機によりハンバーガーを販売し始めたのは……(中略)……昭和四七年五月になつてからのことである。」と摘示されており、これに対する被控訴人らの答弁は原判決九枚目表九行目に「1控訴人の前項23の主張事実はいずれも争う。」と摘示されているのである。

然るに、原判決は理由中の判断(一八枚目表末行)に至ると、右の事実摘示と正反対に「被控訴人マルシンフーズは、昭和四七年五月初旬頃からハンバーガーを製造し、これを被控訴人マック産業をして販売せしめているものであるが……(中略)……当事者間に争いがない」と説示して一転証拠による事実認定を回避しているのである。

これは明らかな矛盾であり、このように争いのある事実を(しかも、わざわざ争いありと摘示しながら)争いなきものとして判断した場合には違法たること夙に最高裁第一小法廷昭和三五年四月七日判決(民集一四巻五号七五一頁)の示しているところである。

しかも、上告人らは原判決の字句の揚足とりをして右の如く主張するものでは決してなく、事柄の実質に立脚して議論を展開せんとするものである。

すなわち、原判決第一目録(2)(3)の標章を付した上告人らのハンバーガーの販売開始が昭和四七年五月初旬頃であるのか、それとも、上告人らが原審で主張立証したとおり(被控訴人第三回準備書面二の(二)、乙第一〇三号証、原審証人山中健嗣の証言)、昭和四六年四月頃であるのか、そのいずれであるかによつて判決の結果が正反対になる可能性があるのである。

何となれば、仮りに被上告人の標章が周知性を獲得した時期が昭和四六年七月下旬であるとするならば(原判決一八丁表七行目参照)、上告人らの係争標章の使用開始はそれに先行することとなり不正競争防止法第二条第一項第四号の適用ある場合に該当することとなるのであり結果に重大な影響を及ぼすこともちろんである。さればこそ被上告人(控訴人)も昭和五三年九月一九日付「証拠に対する意見」なる書面をもつて、被控訴人らの主張と乙第一〇三号証と証人山中健嗣の証言を激しく攻撃しているのであり、前記標章使用開始時期の何時たるかはまさに攻防の真只中にあつたのであり「争いのない事実」などでは到底あり得なかつたところである。

この点について、被上告人は前記「証拠に対する意見」書一頁中段において「……昭和四七年五月初旬頃であることは当事者間に争いのない事実であり……云々」として第一審判決を援用し自白が成立しているかの如く主張しているのであるが、この援用は失当である。何となれば、第一審判決の四二枚目表八行目には「……被告マック産業のハンバーガーの販売は昭和四六年六月以降すべて被告マルシンフーズの所有に係る自動販売機を……(中略)……設置して行われ…云々」との判断が示されており、このことは明らかに自白の成立を否定している証拠である。(尚、前記被控訴人第三回準備書面並びに控訴人の「証拠に対する意見」書が口頭弁論において「陳述」されていないということは、実質的な争点が何処にあるかを探索するについて何ら支障となるものではないと思料する)

要するに、実質的にも、また、原判決の事実摘示という形式面においても、争いあること歴然たる「昭和四七年五月」という日時に関する事実を争いなきものとした原判決の判断は違法たることを免れないところである。

二、(当事者の主張しない事実を判決の基礎とした違法)

原判決は、その第三目録記載の各表示が「昭和四六年七月下旬以降」日本国内において広く認識され、顕著な識別力を有する周知の標章となつた旨認定していることは、第一八枚目表に明記されているとおりである。

ところで、被上告人は「周知」の成立の時期について果して右認定のとおりの主張をしているのであろうか。答は否である。

すなわち、原判決はその事実摘示中の「第二、当事者の主張」欄において、第一審判決の事実摘示中の第二(請求原因)の一項を引用しているので(原判決三枚目裏)、該当する引用個所を参照すると次のとおりである。いわく「……これに伴い、原告標章も、広く一般に認識されるようになり、昭和四六年一二月末日には東京都内一円で、現在では関東、関西地区はもとより全国一円に広く認識されるに至つた」(第一審判決六枚目表、末尾三行)。

このように、被上告人は「周知」の成立の時期について、明白に、昭和四六年一二月末日なりと主張しているのに対し、原判決はこの主張を看過して、昭和四六年七月下旬以降という時期を認定しているのであるが、これは当事者の主張せざる事実を判断の基礎とした点において違法たるを免れない。

言うまでもなく、不正競争防止法第一条第一項第一号適用の要件である、いわゆる「周知」とは、その成立時期が何時であつても良い、と言うものではない筈であり、差止を求められている標章の使用開始と、「周知」の成立のいずれが時間的に先行するか、によつて結論が正反対になるほどの重要な事項である。

この故に、「周知」の成立の主張は、その「時期」の主張をも必然的に伴うものと考えざるを得ないのであり、その「時期」の主張は単なる間接事実の主張ではなく、まさに主要事実の主張であつて、裁判所を拘束する性質のものである。

従つて、被上告人の主張せざる事実をしかも被上告人の利益に添う方向へ恣意的に事実認定している原判決は、弁論主義違背という違法をおかしていることもちろんながら、同時に、理由不備ないし理由齟齬の違法をもおかしているものと言わねばならない。

三、(判断遺脱の違法)

原判決には上告人の主張に対する判断を遺脱した違法がある。

すなわち、不正競争防止法第一条第一項第一号適用の要件であるいわゆる「周知」については、法律上の問題点として、周知の状態が善意によつて招来されたものであることを要するか、悪意による場合でもよいか、という論点があるのであり(小野昌延氏・註解不正競争防止法七八頁、豊崎光衛氏・工業所有権法・新版三六六頁参照)、上告人は早く第一審において右の主張をなしており(第一審判決一九枚目表並びに二六枚目裏参照)、原判決もまた、第一審判決の当該部分を引用することによつて、上告人の右主張と被上告人の反論を維持せしめているのである(原判決三枚目裏参照)。

従つて、原判決が被上告人の標章の周知たることを認定した以上、ひき続いて、その周知状態の招来が被上告人の善意に因るものか、それとも、悪意に基くものかの判断に移行せざるを得なかつた筈であり、その結果善意が認定されればよし、もし、悪意が認定せられたときには、原判決の拠つて立つ理論的立場の如何によつては差止請求を棄却せざるを得なくなる筈のものである。

また、仮りに、原判決が「周知状態の招来は悪意であつても可なり」とする理論的立場をとるとしても、それはそれなりに理由の中において判断されなければならない事柄である。

いずれにせよ、原判決は上告人の主張に対する判断を示していないのであり、判断遺脱の違法は免れないところである。

<中略>

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかなる次の如き法令違反があるので民事訴訟法第三九四条により破棄さるべきである。

一、不正競争防止法第一条第一項第一号適用の要件としては、彼我の商品の「混同」ということのほかに、これによつて被上告人の「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞」あることを必要とするのであり、両者は概念上区別せらるべきものである。

然るに、原判決は「……誤認混同を生じさせるおそれはきわめて大きく、現実にも混同を生じさせているものである以上、他に特段の事情が認められない本件においては、被控訴人らの右行為により控訴人の営業上の利益を審せられるおそれがあると認めるのが相当である」としているのであるが(二三枚目裏五行目より九行目まで)、本件ではまさに右に所謂「他に特段の事情」が認められる場合であるのにこれを看過しており、この点において原判決は前記法条の解釈乃至はその適用を誤つていると言わねばならない。

すなわち、かりに周知表示と混同を生ずる行為があつたとしても、そのことが直ちに営業上の利益を害する結果を惹起するわけではないのであり、吾人の日常経験するところでは、周知表示と同一又は類似の表示が同一又は類似の商品に使用される場合にも、かえつて周知表示所有者の声価を高める結果となり、右所有者に何らの痛痒をも与えないことが屡々見られるのである。

現に、本件訴訟の場合にも、被上告人自身の主張と原判決の認定するところによれば、銀座第一号店開店以来の売上げの上昇は目を瞠るばかりのものがあり、「昭和四六年約六億円、昭和四七年約一六億円であつたが、その後も昭和五〇年約一〇〇億円、昭和五一年約一五〇億円、昭和五二年約二二五億円と飛躍的に増大している」のである(原判決一七枚目裏)。

また、被上告人の代表者自身がその著書(乙第九四号証)の中で誇らしげに述べているとおり、被上告人会社の第一号店は「昭和四十七年十月一日と十月八日に、一日の売上げ二百二十二万円をマークして、一店舗の一日の売上げ世界記録を更新した」り、「昭和四十八年六月十日、同じ銀座三越の一号店が、じつに売上げ二百九十三万円の空前の大記録を樹立した」り(一五頁)、そのため、米国のマクドナルド社の上層部さえも銀座第一号店のことを「ワールド・ウェルノウン・ストア」つまり、世界に鳴り響いている店と呼ぶほどであつたり(二八頁)、大阪に次いで名古屋に開いた名古屋第一号店も「……初日から客が殺到してきたのだ。……しかも、それが初日だけ売れたのではない。来る日も来る日も好調で、大阪の店の売上げをはるかにオーバーしてしまつた」り(一一〇頁)、という状況のもとで、被上告人会社は「人が腰を抜かすほど儲けて」いるというのが事実である(二八頁)。

煩雑を避けるためこれ以上の引用を控えたいが、この著書の発行された昭和四九年一月一五日の時点でも、被上告人の利益の異常ぶりはかくの如しであり、それ以後については前述の原判決の認定のとおりであつて、そこから窺えることは、被上告人が上告人の係争商標の使用によつて何らの損害、つまり、売上げが低下したとか、低迷状態を続けているとか、売上げ上昇のカーブが鈍化した等々の損害を蒙つたことなど全くないということである。

ところで、不正競争防止法における「混同」と「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞」との関係は、不法行為における「権利侵害」と「損害の発生」との関係とパラレルのものであり、不法行為において権利侵害があるにも拘らず損害の不発生という特殊の事態が起り得ると同様、不正競争防止法の分野においても、「混同」という原因があつても必ずしも「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞」という結果を生じない場合が起り得るのであり、本件の場合がまさにそれに該当すると言わねばならない。

もし、原判決がかくも明白な事情のほかになお「他に特段の事情」の存することを必要とする立場をとるならば、その「特段の事情」とは果して何ぞや、という点を明確に示すべきであり、さもないと「混同」概念と「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞」の両概念を同一視し、もしくはそれこそ「混同」しているとの批判を免れない。

したがつて、本件では、営業上の利益を害せらるる虞を否定すべき「他に特段の事情」があるにも拘らずこれを看過して不正競争防止法第一条第一項第一号を適用した原判決は、同法条の解釈乃至その適用を誤つたものであり、この違法がなかつたとすれば、原判決の主文が異つたものとなつたことは明白なところである。

二、「混同」概念についても、原判決は法の解釈を誤り、もしくは、その適用を誤つていると言わねばならない。

すなわち、原判決は「……その出所を混同誤認するおそれがきわめて大きいということができる。なお、控訴人の商品ハンバーガーが店頭でのみ販売されているのに対し、被控訴人らの商品ハンバーガーは自動販売機により販売されているという販売方式の差異があることをもつてしても、右の判断を覆えしうるものではない」と述べて(二三枚目表六行目)、出所の混同誤認のおそれの判断に「販売方式の差異」を斟酌することを拒否し、第一審判決(四三枚目表冒頭三行目)と真向から対立している。

然しながら、現代の高度に発達した経済の下ではどのように非類似の商品であり、どのように非類似の標章であつても、人間の社会である以上、誤認混同は避けられないところであり、事実として、特定の商品と他の商品との間に出所の誤認混同を生ずることが起り得ることは否定し得ないところである。(それは、あたかも、モータリゼーションが或る段階に達すると、交通施設をいかほど整備し、法規をいかほど精緻にしても人口何万人当り年間最低何件の交通事故は不可避である、とされるのと似たような関係にある)。

したがつて、単なる「混同」が問題なのではなく、差止請求を許さねばならぬほどの有意味の混同こそが問題なのであつて、法が「混同」の要件の外にこれに因つて「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞」があるという要件を要求する理由もまさにそこにあると考えられるのである。

もし、この理解に誤りがなければ、被上告人の各表示が周知性を獲得した原因がその独特の宣伝販売方式にあり、その企業としての成功もまさにその点に原因がある以上(これは原判決一七枚目表も、また、原判決一五枚目表によつて引用せられる第一審判決三一枚目乃至三五枚目もひとしく認定しているところである)、そして、上告人らのハンバーガーの販売方式がこれらとあまりにも異る自動販売機によるものである以上、それらの間に仮りに、原判決の認定する如き若干の誤認混同例が見受けられたとしても、これは法的に有意味な「混同」と言うには当らない。

何故なら、被上告人の販売方式の特異性は、同人の表示が周知性を取得したまさにその原因であり、存立の基盤でさえある。言いかえれば、被上告人の各表示の周知性は、その販売方式が例えば自動販売機によるものといかに顕著な効果上の差異があるかを強調するところから生れたものである。したがつて、このようにして周知となつたうえで、一転して、自動販売機による販売を攻撃するのは一種の自己矛盾であり自らの存立の基礎をさえ怪しくするものと言わねばならない。

繰返すが、その差異がいかほど明瞭な標示相互間でも、商品相互間でも、誤認混同が事実として起り得ることは避けられない。いわんや、本件の如く両当事者の商品が同種のハンバーガーであれば一層然りである。そのいちいちについて差止請求が認められるわけではなく、法的に意味をもつ「混同」の場合だけが対象となると言わねばならない。

この意味において、原判決は「混同」の解釈を誤り、ひいて、その適用を誤つたものでその違法は原判決の主文に影響すること明らかである。

第五点 原判決は、「上告人らが、被上告人の商品表示と類似する商品表示を使用することによつて、上告人らの商品ハンバーガーを、被上告人の商品ハンバーガーであるかのように、誤認混同させるおそれはきわめて大きく、現実にも混同を生じさせているものである以上、他に特段の事情が認められない本件においては、上告人らの右行為により被上告人の営業上の利益を害せられるおそれがあると認めるのが相当である」と判示しているが(原判決第二三丁裏)、右は次に述べるとおり経験則に反し、審理不尽又は理由不備若しくは理由齟齬の違法があつて、民事訴訟法三九四条後段該当、若しくは民事訴訟法第三九五条第一項第六号該当の違法があり、原判決は破棄を免れないものである。

一、不正競争防止法第一条第一項第一号所定の「営業上の利益を害せられる虞」とは、単に損害が発生するだろうという見解あるいは単に損害が漠然と予期されることだけでは足りず、社会通念上営業上の利益が害せらるる可能性が確実であると認識される事情が存在する程度のものであることを要し、単なる抽象的なおそれがあるだけでは不充分であることは学説上明確にされている(小野昌延氏註解不正競争防止法六五ページ)。

二、本件事案においては、被上告人標章(イ)乃至(チ)の各標章と上告人標章(2)(3)の各標章とは、前述の上告理由第三点乃至第四点記載のとおり全体として観察するとき、類似でなく並びに不正競争防止法第一条第一項第一号の周知標章としての被上告人標章(チ)が存在しないものと見るべきである以上、被上告人標章(イ)乃至(チ)と上告人標章(2)(3)の各標章には類似混同を生じさせるおそれがないのであるから、これを誤り類似混同のおそれがきわめて大きいとして、被上告人の営業上の利害を害せられるおそれがあると認定した原判決は、経験則に反し審理不尽若しくは理由齟齬の違法をなしたものであり、民事訴訟法第三九四条後段若しくは同法三九五条第一項第六号に該当するものである。

三、而して、原判決は被上告人標章(イ)乃至(チ)及び右標章を附した商品と上告人標章(2)(3)の各標章又は右標章を附した商品とは現実に混同が生じているとしているが、この点についても、上告人が前述の上告理由第三点等において主として述べているとおり混同誤認発生の確率が百億分の一以下であつて、きわめて稀有の事例にすぎない事実すなわち確率の原則上発生のおそれがないことに帰する事実を認定していながら、被上告人標章(イ)乃至(チ)と上告人標章(2)乃至(3)とが、現実に混同を生じているとして、両者の誤認混同のおそれがきわめて大きいとして、被上告人の営業上の利益を害せられるおそれがきわめて大きいものであるとしているのは、確率の法則を無視し経験則に反し、かつ理由不備若しくは理由齟齬の違法がありこの点においても民事訴訟法第三九四条後段該当又は民事訴訟法第三九五条第一項第六号後段該当の違法があり原判決は破棄を免れないものと言うべきである。

四、加之、原判決は被上告人のハンバーガーを中心とする商品売上年額が昭和四六年約六億円、昭和四七年約一六億円、昭和五〇年約一〇〇億円、昭和五一年約一五〇億円、昭和五二年約二二五億円と飛躍的に増大していることを認定し(原判決第一八丁うら)、かつ上告人らのハンバーガーは昭和五二年一一月当時合計約二〇〇台の自動販売機をもつて、コインの投入によるハンバーガーの販売をしている旨を認定している(原判決第一九丁うら)ところ、上告人らの自動販売機は僅々約二〇〇台であるのに対し、被上告人のハンバーガーを中心とする商品の売上金額が開店後約六年間のうちに約四〇倍に飛躍的に増大していることを確定しているものである。

右原判決の確定した事実によるとき、上告人らの自動販売機による商品ハンバーガーの販売数は僅少であるのに対し、被上告人の販売金額は格段に格差があることになつているのであるから、前述の上告理由第五点一記載の「社会通念上営業上の利益が害せらるる可能性が確実であると認識される事情が存在する程度のものである」とは言えず、「単に抽象的なおそれがあるだけでは、営業上の利益を害せられると言うことでは不充分である」場合に該当するというべきである。

この点においても、原判決は本件の場合は抽象的な被上告人の営業上の利益を害せられるものというべき場合を認定しているというべきところ、具体的侵害を受けるおそれがあると漫然誤り認定した経験則違背による審理不尽又は理由不備若しくは理由齟齬の違法があつて、民事訴訟法第三九四条後段若しくは同法第三九五条第一項第六号後段該当の違法があるものとして破棄せられるべきである。

第六点 原判決は、上告人標章(2)(3)の使用は商標権の行使でないと判示しているが(原判決第二三丁うら乃至第二五丁)、右は以下のとおり民事訴訟法第三九四条後段又は同法第三九五条第一項第六号に各該当の違法があり破棄を免れないものである。

一、原判決は、「上告人マルシンフーズが、原判決添付第二目録(a)(b)各記載の商標「マック」、「バーガー」(以下上告人登録商標(a)(b)という)の登録商標権者であること、上告人ら標章(2)(3)の各標章は、右上告人登録商標(a)(b)の各登録商標の類似範囲に含まれる」と認定しながら「商標権者といえども登録商標の類似範囲にある標章については、他人の使用を排除する権利があるとしても、当該登録商標と同様に当然にこれを使用しうる権利を有するものとはいえず、類似商標の使用は不正競争防止法第六条の商標法による権利行使に該当しないと解するのが相当である」と判示している(原判決第二四丁うら乃至第二五丁)。

二、而して、上告人らは上告人標章(2)(3)の各標章を、上告人登録商標(a)(b)の類似範囲として、被上告人に対し、被上告人標章(イ)乃至(チ)を使用することが、上告人登録商標(a)(b)の類似範囲である上告人標章(2)(3)に類似するものと原判決が認定するものである以上、上告人らは上告人標章(2)(3)の各標章につき、商標法第三七条第一号、同法第三六条によつて当該商標権又は専用使用権を有することの反射効を受け、被上告人標章(イ)乃至(チ)の各標章の使用の差止請求権を有するので、被上告人に対し右法条により右被上告人標章(イ)乃至(チ)の各標章の使用差止を求める権利並びに上告人標章(2)(3)の各標章につき、上告人登録商標(a)(b)に類する商標権乃至専用使用権があることになるのである。

三、然しながら、原判決は前述一のとおり上告人マルシンフーズが、上告人登録商標(a)(b)の類似範囲である上告人標章(2)(3)の使用権を認めないのは、商標法第三六条並びに同法第三七条第一号の法理に反し、右法令に違背した審理不尽の理由不備の違法があることに帰するか若しくは理由齟齬の違法があるかに帰し、結局において民事訴訟法第三九四条後段該つ当の違法若しくは同法第三九五条第一項第六号該当の違法がそれぞれあることになるのであるから、原判決はこの点よりしても破棄は免れないものである。

四、因みに、上告人マルシンフーズが上告人登録商標(a)(b)の登録商標権を取得したのは、原判決認定のとおり昭和四四年五月八日乃至昭和四六年四月六日頃であつて(原判決第二三丁の二、第一九丁等)、いずれも被上告人の日本国内において開店した昭和四六年七月下旬以前のものであつて、被上告人標章(イ)乃至(チ)が全く日本国内で知られることのない以前に登録商標権者になつて使用もしている事実を、原判決は認定しているにも拘らず、これを無視し、上告人らに商標権の類似範囲の使用権を認めないのは、商標法第三六条、同法第三七条第一号に違背し審理不尽乃至理由齟齬の違法があつて、この点においても民事訴訟法第三九四条後段又は同法第三九五条第一項第六号に各該当する違法があつて破棄を免れないものである。

結論

斯様な次第であるので、原判決は前述各上告理由に照し破棄を免れないものというべきである。

上告代理人三野研太郎、同木村和夫、同山内道生、同岡田尚、同星山輝男の上告理由

一〜三<省略>

四、被上告人にはそもそも不正競争防止法第一条にいう「営業上の利益を害せられるおそれ」が存在しない。

原判決はその事実認定において、被上告人のハンバーガーを中心とするマクドナルド食品等の売上げ年額は、昭和四六年約六億円、昭和四七年約一六億円であつたが、その後も昭和五〇年約一〇〇億円、昭和五一年約一五〇億、昭和五二年度二二五億と飛躍的に増大していると判示している。

また、これは被上告人が得々として一、二審にて主張、立証するところである。とすれば、上告人らが第一目録(2)(3)の標章を使用することにより、被上告人には何ら営業上の利益を害されたことは現実になかつたばかりでなく、その現実を客観的に判断すれば、その「おそれ」さえもないというべきである。

けだし、不正競争防止法第一条にいう「おそれ」とは、被上告人の主観的「おそれ」では足りず、客観的に認められる「おそれ」でなければならないからである。この点において原審は不正競争防止法第一条の解釈適用を誤つたものである。

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